夏目漱石『こころ』の感想と考察|なぜ先生は親友を裏切り死を選んだのか

夏目漱石『こころ』の感想と考察|なぜ先生は親友を裏切り死を選んだのか

夏目漱石『こころ』の感想と考察|なぜ先生は親友を裏切り死を選んだのかの要点を丁寧に掘り下げてご紹介します。

ネット上の読書掲示板や知恵袋などでは、しばしば「Kはお嬢さんを先生に奪われたショック(失恋)で死んだのか」という議論が交わされます。しかし、漱石の手稿や作中の細部を精読すると、単純な失恋説では説明がつかない異様な事実が浮かび上がってきます。

Kが部屋で血の海となって倒れていた壁には、遺書が残されていました。そこには、下宿の家族への感謝や自らの意志の弱さに対する詫びが記されていたものの、お嬢さんの名前や恋に関する文言は一文字も存在しなかったのです。さらに遺書の末尾には、「もっと早く死ぬべきだったのになぜ今まで生きていたのだろう」という、生そのものへの根本的な違和感が綴られていました。

Kが命を絶った直接の理由は、失恋の痛みというよりも、「自己の信条の破綻」と「他者への絶対的絶望」でした。禁欲的な求道者を自負しながら、俗世の女への愛着を断ち切れない己の脆さ。そして、唯一自らの弱さを打ち明け、人間的救いを求めた親友(先生)から、自らの倫理観を武器にして冷酷に断罪されたという事実。Kにとって先生の裏切りは、この世に信じるべき人間が誰一人として存在しないことを証明する決定打だったのです。

Kが自室で口にした「覚悟、覚悟」という呟きは、お嬢さんへ告白する覚悟などではなく、自己の理念が崩壊した世界において自らの生に終止符を打つ覚悟だったと言えます。

石川 優花
著者

石川 優花

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。