朝ドラ『なつぞら』において、視聴者の感情がもっとも激しく昂ぶり、そして深い静寂に包まれたのが第23週・第138話「なつよ、天陽くんにさよならを」(2019年9月7日放送)でした。SNS上では放送開始直後から「天陽くん」「天陽ロス」のワードがトレンドのトップを独占し、朝の放送を見届けた視聴者が通勤電車や職場で涙を堪えきれなかったという投稿が溢れかえりました。
作家の栗山圭介氏は当時、メディアの連載コラム(『Fridayデジタル』)において「美しすぎる吉沢亮の死は、名場面として語り継がれる」と評し、単なるお涙頂戴の演出を超越した天陽の散り際の美学を熱狂的に讃えました。病を押して病院を抜け出し、十勝の薄暗いアトリエへと戻った天陽は、冷え切った板張りの部屋でひとり、ベニヤ板に向かって懸命に絵筆を走らせます。描かれていたのは、躍動する真っ白な馬の姿でした。すべてを描き切ることなく、未完のキャンバスを残して力尽きたその姿は、ひとりの表現者が命の最後の炎を燃やし尽くした瞬間そのものでした。
当時、NHKの朝ドラヒロインを支える相手役が途中で命を落とす展開は視聴者に強烈なトラウマをもたらす「鬼門」とも言われていました。しかし、天陽の退場がこれほどまでに支持され、崇高な感動として受け入れられた背景には、ヒロイン・なつの人生における彼の存在が「ただの初恋の幼なじみ」ではなく、表現者としての魂を分かち合った半身であったという物語の強靭な骨格が存在していました。