訃報が流れた直後、インターネット上やSNSでは「なぜ直前まで闘病の事実が知られていなかったのか」「突然倒れたのではないか」といった憶測や困惑の声が広がりました。しかし、ここには古賀氏ならではの確固たる信念と美学が存在していました。
関係者の手記や当時のインタビューを総合すると、病状を公にしなかった背景には3つの明確な理由がありました。
第一に、「指導している学生や子どもたちに動揺を与えたくない」という教育者としての配慮です。当時、環太平洋大学の柔道部員たちは全国大会や五輪選考を控えており、自身の病気で教え子の集中を削ぐことを極端に嫌いました。第二に、「柔道家としての強い姿だけを記憶に残したい」という矜持です。弱った姿を見せて同情を買うことを潔しとしない、昔気質の武道家精神が徹底されていました。そして第三に、コロナ禍で医療現場が逼迫する中、個人の病状で社会を騒がせたくないという社会的配慮でした。
「病気で急死した」という断片的な情報だけが先行しがちですが、実際には1年以上にわたり、激痛と向き合いながら一分一秒を惜しんで柔道と向き合い続けた壮絶なプロセスがあったのです。