成長期を終えて成人した段階で、乳児期の授乳方法による健康格差や知的能力の差は残るのでしょうか。この疑問に対しては、北欧や英国で数十年にわたり数万人規模を追跡した疫学データ(長期出生コホート研究)が明快な答えを出しています。
結論から述べれば、「完全母乳」「混合育児」「完全ミルク」のいずれで育ったかによって、成人後の学歴、年収、高血圧や糖尿病などの生活習慣病罹患率に有意な差は存在しません。成人後の健康状態を規定しているのは、思春期以降の食生活、運動習慣、睡眠環境、喫煙の有無、そして本人が身を置く社会経済的ストレスです。生後数カ月間の栄養源が母乳だったか粉ミルクだったかという影響力は、成人期に至る長い時間軸の中で統計のノイズとして完全に埋もれていきます。
混合育児と完全ミルクの発達比較に関しても、乳幼児期の運動機能(首すわり、寝返り、ひとり歩きなど)の獲得時期に優劣は一切見られません。混合育児を行っている家庭では、「母乳の量が足りているか分からない」という不安から授乳のたびに計量を行い、疲弊してしまうケースが目立ちます。しかし、混合育児の最大の強みは「母乳の利点を適度に取り入れつつ、粉ミルクによって他者への育児分担を可能にする柔軟性」にあります。完全母乳に固執して母親が孤立するよりも、混合や完全ミルクを柔軟に活用して家族全体で育児に向き合う家庭のほうが、長期的な養育環境として極めて健全です。