現代の映像制作であれば、グリーンバック合成や安全なCGエフェクト、あるいは車両の速度を落として撮影後にフレームレートを調整するデジタル処理が施されるのが通例です。しかし、1991年当時の現場にはそうしたデジタル技術は存在せず、すべてが一発勝負の実写撮影として敢行されました。
当時の特番インタビューや自著で語られた武田鉄矢の手記によると、現場となった公道にはプロのカースタントマンが運転する本物の大型ダンプトラックが用意され、合図とともに猛スピードで武田鉄矢に向かって突進してきました。ブレーキを踏むポイントと停止位置には目印が打たれていたものの、数トンの鉄塊が時速数十キロで迫ってくる光景は、演じる役者の理性を完全に破壊するほどの威圧感だったといいます。
「もしブレーキが一瞬でも遅れたら、確実に即死する」という極限状態の中、武田氏は逃げ出したい本能をねじ伏せて道路中央に仁王立ちし、ダンプカーのフロントグリルが鼻先数十センチに迫る位置でタイヤのスリップ音とともに停止しました。あのシーンで達郎が見せた鬼気迫る表情、全身の震え、そして上ずった声は、演技の枠を超えた「本物の人間の極限反応」そのものだったのです。