クールス喧嘩伝説の真相と舘ひろし脱退劇|キャロル警備の裏側

クールス喧嘩伝説の真相と舘ひろし脱退劇|キャロル警備の裏側

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1975年9月にレコードデビューを果たし、瞬く間にトップスターとなったクールスですが、わずか2年後の1977年にはリーダーである舘ひろしが突如脱退します。この脱退劇の裏には、メンバー間の深刻な方向性の相違と、グループ内の力学が存在していました。

ジェームス藤木や村山一海をはじめとするメンバーが、ドゥーワップや本格的なR&B、アメリカンロックンロールの音楽的完成度を極限まで高めようとしたのに対し、舘ひろしは自らのカリスマ性とスター性を活かしたポップな展開や映画出演など、多方面のエンターテインメント路線を志向していました。自著や当時の手記でも、「音楽職人集団としてのクールス」と「個人の表現者としての舘ひろし」の間に生じた埋めがたい溝が赤裸々に語られています。

なお、俳優として先行して単独デビューしていた岩城滉一は、バイクチーム「クールス」の象徴的存在でありながら、最初から音楽バンドとしてのクールスには参加していません。舘ひろしと岩城滉一の間に不仲説が流れることもありましたが、実際にはそれぞれが異なる道で自己のスタイルを確立していったプロ同士のリスペクト関係にあったと評価されています。

前田 葵
著者

前田 葵

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。