宇都宮城址公園の魅力は、植物景観の美しさだけに留まりません。この場所が持つ重層的な歴史のドラマを知ることで、目の前に広がる風景は全く別の表情を見せ始めます。
宇都宮城は平安時代末期、藤原宗円によって築かれたと伝えられ、中世には下野国を支配した宇都宮氏歴代の居城でした。江戸時代に入ると、徳川家康の側近として名高い本多正純が城郭の大改修と城下町の整備を断行。将軍が日光東照宮へ参拝する道中の宿泊所「将軍御成御殿」が置かれるなど、関東総鎮衛の要衝として栄華を極めました。
しかし、その堅城の命運を一変させたのが、1868年の宇都宮城歴史戊辰戦争です。新政府軍と、元新選組副長・土方歳三や秋月登之助らが率いる旧幕府軍が激突した「宇都宮の戦い」により、城内の建造物は激しい砲撃と火災に見舞われ、ほぼ壊滅状態となりました。明治以降は陸軍用地や市街地開発によって土塁や堀の多くが破却され、長らく人々の記憶から城の姿は薄れかけていたのです。
転機となったのは2000年代初頭の都市再生プロジェクトでした。市民の熱心な要望と徹底した発掘調査に基づき、2007年(平成19年)に本丸の西側土塁(延長約160m)と堀、そして2基の櫓が往時の工法に忠実に木造復元されました。
復元された遺構の主力を成すのが、北西に位置する清明台と、南西に位置する富士見櫓です。土塁の上に建つ宇都宮城址公園清明台見学では、内部の頑強な木組みや狭間(さま)を間近に観察できます。かつて天守が存在しなかった宇都宮城において、この清明台は実質的な天守(本丸のシンボル)として機能していました。窓から外を見渡せば、眼下に広がる堀と桜並木、そして遠く宇都宮の近代的な街並みが一望できます。
一方の宇都宮城址公園富士見櫓は、その名の通りかつて遠く富士山を望むことができた優美な物見櫓です。いずれの櫓も内部見学は午前9時から午後7時まで無料で開放されており、当時の建築技術の精緻さを肌で体感できます。
歴史愛好家にとって必須のアイテムである御城印についても触れておかなければなりません。宇都宮城址公園御城印販売場所は、園内の本丸東側にあるガイダンス施設「宇都宮城もの知り館」や「まちあるき情報館」、さらにはJR宇都宮駅構内の「宇都宮観光案内所」などです。本多家の家紋「丸に立ち葵」や宇都宮氏の「左三つ巴」があしらわれた意匠は格式高く、来城記念として高い人気を博しています。