エジプト政府が当初掲げていた開館予定は2010年代初頭でした。しかし、そこから幾度となく「年内オープン」のアナウンスが流れては立ち消え、世界中の旅行会社やメディアは長年スケジュール調整に追われ続けました。この異例の延期劇には、単なる工事の遅延にとどまらない複数の国家的・地政学的要因が複雑に絡み合っています。
最大の転換点となったのは、2011年の「アラブの春」に伴うエジプト革命でした。長期政権の崩壊とそれに続く政治的混乱、治安の悪化によって観光収入は激減し、国家財政そのものが深刻な危機に瀕しました。博物館の建設現場も一時中断を余儀なくされ、計画は根底から見直しを迫られたのです。その後、政情が安定に向かった矢先の2020年には新型コロナウイルスの世界的パンデミックが直撃。資材調達の寸断や渡航制限によって、最終仕上げの工程が再び凍結されました。
しかし、延期の真相は外的な災厄だけではありません。文化財移送における「前代未聞の技術的難易度」が工期を押し広げた決定的な理由です。首都カイロ中心部のタハリール広場にある老舗のエジプト考古学博物館をはじめ、全土の収蔵庫から約10万点もの遺物を破損なく運び出し、分類・修復する作業は、当初の予測を遥かに超える精密さを要求されました。エジプト政府関係者は当時の取材に対し、「観光キャンペーンのための拙速なオープンよりも、文化遺産を100年先まで完璧な状態で保存・展示するインフラを完成させることを最優先した」と証言しています。国家の威信をかけた巨大プロジェクトだからこそ、細部への妥協を排した結果が20年という歳月だったのです。