敬遠とは?意味と語源から野球の申告敬遠・人間関係の心理まで徹底解剖

敬遠とは?意味と語源から野球の申告敬遠・人間関係の心理まで徹底解剖

敬遠とは?意味と語源から野球の申告敬遠・人間関係の心理まで徹底解剖について分かりやすく解説いたします。専門家の見解をご覧ください。

故意四球を語る上で、日本野球史から決して消し去ることができない歴史的事件があります。1992年夏、第74回全国高校野球選手権大会の2回戦、星稜(石川)対明徳義塾(高知)戦で巻き起こった「松井秀喜5打席連続敬遠」です。

高校球界屈指のスラッガーであった松井秀喜選手に対し、明徳義塾の馬淵史郎監督は徹底した全打席敬遠を指示。試合は3対2で明徳義塾が競り勝ちましたが、球場は怒号とメガホンがグラウンドに投げ込まれる前代未聞の異様な空気に包まれました。テレビ特番のインタビューや監督・選手の手記などで幾度となく振り返られた「勝つための最善策だった」という現場の告白と、「高校球児らしからぬ勝利至上主義」と叩いた世論のバッシングは、日本社会全体を巻き込む高校野球の敬遠議論へと発展しました。

知恵袋やSNSなどの野球コミュニティを分析すると、当時リアルタイムで目撃した世代と、近年のファンの間では受け止め方に明確な地殻変動が起きています。

かつては「高校野球は人間教育の場なのだから、正々堂々と勝負すべきだ」という精神論が圧倒的多数を占めていました。しかし、申告敬遠が高校野球にも導入された以降の言論空間では、「ルール上認められた正当な戦術に怒るのは筋違い」「1人の怪物打者に屈せず、チーム全員の勝利のために徹した明徳義塾の覚悟こそ評価されるべき」という合理主義的な肯定派が過半数を占めるようになっています。敬遠という行為に対する解釈は、この30余年で「美学への冒涜」から「プロ・アマを問わないプロフェッショナルな戦術」へと鮮やかに書き換えられたのです。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。