パブリックイメージが独り歩きする一方で、楽曲としての『ブランデーグラス』が昭和音楽史に残る傑作である事実は揺るぎません。しかし、この石原裕次郎 名曲 ヒット経緯は決して平坦なものではありませんでした。
楽曲が最初にリリースされたのは1977年。アルバムの収録曲、およびシングルのB面的な扱いで世に出ましたが、当時はオリコンチャート上位に食い込むこともなく、目立ったセールスを記録しませんでした。潮目が完全に変わったのは、それから2年後の1979年のことです。
テレビ朝日系で放送が開始された伝説のポリスアクションドラマ『西部警察 石原裕次郎』において、彼が演じる大門軍団の総帥・木暮謙三捜査課長のキャラクター設定と楽曲が見事に合致。劇中のバーのシーンやエンディングの余韻の中で効果的に使用されたことで、シングル盤が再発売されるや否や異例のロングヒットを記録しました。最終的なレコード売上は公称150万枚を突破し、日本レコード大賞特別賞を受賞するに至ります。
このヒットの根底にあったのが、山口洋子 作詞 ブランデーグラスの研ぎ澄まされた文学性です。銀座の高級クラブ「姫」のオーナーマダムを務め、夜の街に生きる男女の機微を知り尽くしていた山口洋子は、過度な装飾を削ぎ落とした短いフレーズに男と女の哀愁を封じ込めました。
「これで終りに 暮しましょうか」という書き出しから始まる石原裕次郎 ブランデーグラス 歌詞は、別れを決意しながらも未練を断ち切れない男女の心理を描写しています。琥珀色の酒越しに揺れる過去の幻影、そして言葉少なにグラスを傾ける男の背中――。単なる酒器ではなく、失われゆく時間を閉じ込める小道具として選ばれた「ブランデーグラス」という象徴は、昭和歌謡 名曲 評判の中でも突出した美意識を誇っています。