そもそも都市が「水の都」と称される基準は、地理的な水量の多さだけではありません。水が人々の生存基盤、軍事防衛、そして何よりも物流と経済活動の主軸として機能してきたかどうかが、決定的な分岐点となっています。
中世から近世にかけて、大量の物資を長距離輸送する最も低コストな手段は船でした。陸上輸送が馬や徒歩に頼っていた時代、縦横に開削された運河網は現代の高速道路網や鉄道網に匹敵する基幹インフラでした。水路の交差点に商人が集まり、米や特産品が集積されたことで、都市は急速な発展を遂げました。
一方で、外敵の侵入を防ぐ天然の堀として水系を利用した城郭都市や、山麗からの豊富な地下水脈が生活を支え続けた地域もあります。水の都がなぜ呼ばれるのかという問いの答えは、それぞれの都市が生き残りをかけて「水」と結んだ契約の形に他なりません。