中曽根康弘のルーツは、群馬県高崎市で材木商「関東組」を営んでいた父・中曽根蔦松にある。地元の名士であり商売人として名を馳せた父の存在は、若き日の康弘に現実的な経営感覚と地域に根ざした政治的基盤を与えた。内務省の官僚から政界へと転身した康弘は、「青年将校」と称される鮮烈なデビューを果たし、やがて自民党の要職を巡る階段を駆け上がっていく。
戦後復興期から高度経済成長期へと向かう激動の時代において、たたき上げの地方名士の家系から国家の頂点へと上り詰めた彼の歩みは、後年の世襲政治家たちとは一線を画する野心と執念に満ちていた。この原点こそが、中曽根家が永田町で不動の地位を確立する出発点となったのである。