スペオキと称されたメンバーたちには、今なお語り草となっている具体的な逸話が数多く残されています。
KinKi Kidsの堂本剛に関するエピソードは枚挙にいとまがありません。合宿所生活において誰よりも目をかけられ、一時は「剛の顔になりたい」と周囲に漏らしていたという逸話は有名です。剛の独特な感性や音楽的才能を初期から見抜き、従来のアイドル像にとらわれない自由な表現を全面的に許容した背景には、プロデューサーとしての絶対的な傾倒がありました。
最も急速なプッシュとして語られるのが中山優馬の経緯です。関西ジャニーズJr.の一員だった中山は、2009年に「中山優馬 w/B.I.Shadow」として電撃CDデビュー。さらに直後にはHey! Say! JUMPの山田涼介、知念侑李を加えた「NYC boys」を結成し、CDデビューからわずか数か月でNHK紅白歌合戦への出場を果たしました。個人名をユニット名に冠する異例の厚遇は、当時の芸能マスコミでも大きな話題となりました。
Sexy Zoneとしてデビューした佐藤勝利に対する評価も極めて象徴的です。オーディション会場で親子丼を食べていた佐藤を一目見た瞬間、即座に合格を出したというスカウト秘話があります。「顔面の美しさと左右対称性(シンメトリー)」を絶賛され、結成当初から「不動のセンター」として君臨。佐藤の持つ透明感と気品は、創業者が追い求めた王道男性アイドル像そのものでした。
そして平野紫耀の場合、名古屋での活動中にダンススクールの合宿を通じてジャニー氏の目に留まり、オーディションを経ずに「You、来ちゃいなよ」と関西ジャニーズJr.へ加入したという特異な経緯を持ちます。圧倒的な身体能力と華やかなオーラは早い段階で見抜かれており、後にKing & Princeとしてデビューする際も、平野の直談判を起点にプロジェクトが大きく動いたと言われています。