金鑚神社を訪れた者が体験する最大のカルチャーショックは、拝殿正面の鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼を捧げる視線の先に「建物」が存在しない事実です。通常、神社の境内は「鳥居・参道・拝殿・本殿」の順に直線的に配置され、人々は拝殿を通じて奥の本殿に鎮座する御神体を拝みます。しかし金鑚神社には、拝殿の奥に透塀が巡らされているだけで、本来鎮座すべき本殿の屋根や壁が一切ありません。
神職への取材や社叢の研究記録が示す決定的な理由は、背後にそびえる標高約320メートルの山「御室山(みむろやま)」そのものが神の宿る依代(御神体)であるからです。「山そのものが神座であるならば、人の手で屋根を架け、四方を壁で囲った本殿を造営すること自体が不敬にあたる」という、原初アニミズムの思想を愚直なまでに守り続けているのです。
日本の神祇信仰の歴史において、神はもともと山や巨石(磐座)、巨木に一時的に降臨する目に見えない存在でした。仏教が伝来した飛鳥・奈良時代以降、仏像や寺院建築の様式を取り入れる形で「本殿」という恒久的な神の住まいを建てる建築文化が定着しました。しかし、金鑚神社はそうした時代の流行に抗い、社殿建築が普及する以前の「神体山信仰」を頑なに維持しました。
現在、日本全国で「木造本殿を持たず、山そのものを直接拝する古式」を保存している代表的な神社は、以下の3社しか存在しません。
- 奈良県桜井市:大神神社(おおみわじんじゃ)/御神体:三輪山
- 長野県諏訪市:諏訪大社本宮(すわたいしゃほんぐう)/御神体:守屋山(※諸説あり)
- 埼玉県神川町:金鑚神社(かなさなじんじゃ)/御神体:御室山
首都圏において、この純粋無垢な自然崇拝の形式を直に体感できる場所は、事実上この金鑚神社ただひとつです。木造建築という人工のフィルターを介さず、御室山の原生林と直接対峙する空間配置は、訪れる人々に言葉を超えた圧倒的な存在感を実感させます。