韓国歴代大統領の末路一覧|暗殺・逮捕・戒厳令まで悲劇の真相を解剖

韓国歴代大統領の末路一覧|暗殺・逮捕・戒厳令まで悲劇の真相を解剖

韓国歴代大統領の末路一覧|暗殺・逮捕・戒厳令まで悲劇の真相を解剖に関する最新の話題を分かりやすく解説いたします。

そして2024年12月3日夜、世界を震撼させる事件が突如として発生しました。尹錫悦大統領による「非常戒厳」の宣布です。韓国における戒厳令の宣布は、1979年の朴正熙暗殺直後以来、実に45年ぶりの事態でした。

深夜のテレビ演説とわずか6時間での挫折

尹大統領は午後10時20分過ぎ、緊急の生中継演説を行い、「自由大韓民国を北朝鮮の共産勢力の脅威から守り、国民の自由と幸福を略奪している破廉恥な従北・反国家勢力を一挙に척결(一掃)する」と宣言。戒厳司令部を設置し、一切の政治活動の禁止とメディア統制を命じました。

しかし、この強硬措置は驚くべき速さで破綻しました。国会議員たちが戒厳軍による国会封鎖を乗り越えて本会議場に突入。宣布から約2時間半後の12月4日午前1時、在席190名全員の賛成により「戒厳解除要求決議案」が可決されました。韓国憲法第77条は大統領に対し、国会が過半数で解除を要求した際には直ちに解除しなければならないと規定しています。追い込まれた尹大統領は午前4時半に閣議を開き、戒厳令の解除を正式決定しました。

なぜ戒厳令という極端なカードを切ったのか

元検事総長として法治を掲げて当選したはずの指導者が、なぜこれほど無謀な選択に及んだのか。最大の要因は、野党「共に民主党」が過半数を握る「与小野大」の国会構造による完全な国政麻痺でした。予算案の単独削減、主要閣僚や検事に対する相次ぐ弾劾訴追、さらには金建希夫人を巡る特別検察官法案の再決議など、政権は完全に手足を縛られ、支持率は20%前後に低迷していました。

しかし、明確な戦時・事変でもない平時に国会を敵視して軍を動員した行為は、明白な違憲・違法行為との批判を免れませんでした。直ちに野党側から内乱罪での刑事告発と弾劾訴追案が提出され、国会での可決を経て職務停止。憲法裁判所での弾劾審判と高位公職者犯罪捜査処(公捜処)・警察による捜査が並行して進むという、政権崩壊の危機へと一気に転落しました。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。