江戸後期の浮世絵界は、輪郭線と平塗りの色彩で構成される画面構成が主流でした。その定石を根本から覆し、暗闇の中に差し込む灯火のグラデーションや、光に照らされる人肌の陰影を驚異的なリアリズムで描き出したのが葛飾応為です。西洋のキアロスクーロ(明暗対比法)を思わせるその画風から、研究者や美術愛好家の間では「江戸のレンブラント」と称賛され、欧米のオークションや美術館関係者からも極めて高い評価を獲得しています。
北斎の門人であった露木為一が残した『北斎仮宅之写』の逸話や、明治26年に飯島虚史が著した『葛飾北斎伝』には、北斎自身が次のように語ったと記されています。
「美人画にかけては、お栄には敵わない。彼女の描く女性は実に妙義を得ており、自分など遠く及ばない」
生涯に数万点もの作品を手がけたあの北斎が、自らの劣位を認めた唯一無二の存在こそがお栄でした。彼女の代名詞ともいえる『吉原格子先之図』では、格子の手前で闇に沈む客たちと、格子越しに赤い提灯の光を浴びて艶やかに浮かび上がる遊女たちのコントラストが見事に描き分けられています。光と影が織りなす圧倒的な空気感は、単なる美人風俗画の枠を完全に踏み越えていました。
さらに、星空の下に佇む女性を描いた『夜桜美人図』における藍色の夜空と満開の桜の花びら、灯篭の火に透ける着物の質感、三人の女性が雅楽器を奏でる『三曲合奏図』における精緻を極めた着物文様の描写など、応為の天才的評価を裏付ける傑作群は、見る者の視線を釘付けにし続けています。