子どもの巣立ちは、本来であれば喜ばしい成長の節目です。周囲からも「子育て完了おめでとう」「これからは自由な時間が増えて羨ましい」と祝福されるケースがほとんどでしょう。しかし、当の親が感じるのは解放感ではなく、胃の腑をえぐられるような強烈な空虚感であることが多々あります。
この激しいギャップが生じる最大の要因は、家族社会学で指摘される「心理的役割の喪失(ロール・ロス)」にあります。約20年間にわたり、生活のスケジュールや思考の優先順位の最上位にあった「子どもの養育」という大目標が突然消失することで、生活の軸そのものが抜け落ちてしまうのです。内閣府や厚生労働省の家族動態調査でも示されている通り、特に子育てに深くコミットしてきた親ほど、家庭内での存在意義を子どもに依存していた傾向が強く現れます。
さらに見逃せないのが、親と子の間にある「心理的バウンダリー(境界線)」の曖昧さです。昭和・平成を通じて美徳とされてきた「子どもに寄り添う献身的な親」という像は、裏を返せば自己と子どもの同一視を生みやすい土壌でもありました。子どもが自分の一部のように感じられていたからこそ、物理的な自立が「身体の半分をもぎ取られたような感覚」となって精神を直撃するのです。