「3歳以前の出来事をほとんど思い出せない」という現象は、心理学や脳科学で幼児期健忘(Infantile Amnesia)と呼ばれます。脳内でエピソード記憶を司る海馬が未成熟であることや、記憶を言語として整理・定着させる言語中枢の発達途上にあることが主なメカニズムです。
しかし、エピソードとしての具体的な記憶が薄れても、幼少期に受けた感覚や感情の体験は消去されません。脳の偏桃体を中心とした「情動記憶」や「体性感覚」として無意識下に刻み込まれます。
近年、心理学や公衆衛生の分野ではACEs(Adverse Childhood Experiences:小児期逆境体験)と呼ばれる幼少期のトラウマに関する研究が大きく進展しました。幼少期に慢性的な不安やネグレクト、過度な抑圧を経験すると、成人後も慢性的な警戒心や対人不安として現れやすくなります。言葉で思い出せないからこそ、幼少期の情動体験は個人の性格傾向や認知のクセに深く影響を及ぼし続けるのです。