家庭で煮魚を作った際によくある失敗が、「身のパサつき」と「嫌な生臭さ」です。これらは料理の腕前の問題ではなく、加熱温度と魚の生化学的な変化を理解していないことに起因します。
魚の筋肉タンパク質(主にミオシンやアクチン)は、約60℃を超えると急激に収縮を始めます。煮魚を「味が染み込むように」と弱火で20分も30分もコトコト煮込んでしまうと、筋肉組織が強く収縮して内部の水分と脂分が外へ搾り出されてしまいます。その結果、繊維だけが残ったボソボソとした食感になってしまうのです。これが、煮魚失敗しない理由を知る上で最も重要なメカニズムです。
また、生臭さの主因となるのは、魚の鮮度が落ちる過程で生成される「トリメチルアミン」という揮発性塩基物質や、皮の表面に残った酸化した脂・ぬめり、そして骨の周りにある血合い(ヘモグロビン)の凝固物です。これらを処理せずに冷たい煮汁に魚を入れて炊き始めると、生臭い成分がすべて煮汁に溶け出し、身全体に再吸収されてしまいます。
つまり、「事前の下処理で臭み物質を物理的に除去する」こと、そして「煮汁を沸騰させた状態で魚を入れ、短時間で表面を固めて旨味を閉じ込める」ことの2点を守るだけで、仕上がりは劇的に変わります。