たまごっちの企画原案者である横井昭裕氏およびバンダイの開発チームが当時仕掛けた最大のサプライズが、このおやじっちの実装でした。1996年秋、メインターゲットとして想定されていたのは女子高生を中心とする若い女性層です。本来であれば、サンリオキャラクターのように「どこまでも可愛らしい意匠」で統一するのが商業的セオリーでした。
当時の開発インタビューや関係者の証言によると、おやじっち誕生には「失敗の先にあるユーモア」という明確な設計思想が存在していました。たまごっちは「世話をサボると死んでしまう」という命の重みを内包したシビアなゲームデザインを持っています。しかし、熱心に育てた結果として単に死んでしまうだけでは、プレイヤーに過度な喪失感やトラウマを与えてしまいます。
そこで、「ルールを守らず、しつけもされず、だらしなく育った究極の成れの果て」として用意されたのが、当時世間で自虐的に語られていた「冴えない中年サラリーマン(オヤジ)」のパロディでした。画面の中で爪楊枝を使ったり、おならをしたり、酒に酔っ払ったような千鳥足を見せる姿は、失敗したプレイヤーに対する「笑いによる救済措置(脱力感)」として機能したのです。
さらに社会学的な背景も見逃せません。1990年代半ばは、バブル崩壊後の閉塞感のなかで「オヤジギャグ」が流行語となり、女子高生が中年男性の持つ哀愁や滑稽さを「キモかわいい」と再解釈し始めた端境期でした。このサブカルチャーの空気感を完璧に捉えたことが、おやじっちを単なる隠し要素にとどまらないポップアイコンへと押し上げた決定的な要因です。