「なぜ尾張屋本店には、春夏秋冬を問わずこれほど人が押し寄せるのか」。その核心は、暖簾を守る職人たちが一切の妥協を排して磨き上げてきた、名物メニューの圧倒的な完成度にあります。
浅草の尾張屋本店 名物そばといえば、訪れる人の大半が注文する尾張屋本店 海老天そば(上天ぷらそば/天せいろ)です。丼の縁から完全に突き出た2本の特大車海老は、初めて目にした誰もが思わず息を呑む迫力。衣でかさ増しした天ぷらとは一線を画し、中には太く引き締まった海老がぎっしりと詰まっています。最高級の純正胡麻油100%でからりと揚げられた天ぷらは、黄金色の衣が出汁を吸うことでコクを増し、本枯節から引いた濃いめの江戸前つゆと絶妙に調和します。荷風が愛したこの味は、浅草の活気そのものを体現しています。
対する京都の至宝が、本家尾張屋 宝来そばです。朱塗りの五段の割子(わりご)に盛られた蕎麦に、錦糸卵、椎茸煮、海苔、ねぎ、胡麻、もみじおろし、わさび、海老あられという8種類の薬味を自分好みで組み合わせ、利尻昆布と目近節・うるめ節・鯖節で引いた上品な出汁をかけていただきます。「宝が来る」というめでたい銘がつけられたこの蕎麦は、かつて金箔打ちの職人が散らばった金粉を集めるために蕎麦粉の団子を使ったという故事に由来しており、京都の地下天然水が引き出す繊細な蕎麦の甘みと出汁の旨味が重なり合います。