阿部顕嵐のキャリアを語る上で欠かせないのが、2つの伝説的ユニットでの活動です。2012年、マイケル・ジャクソンの振付師であるトラヴィス・ペイン氏によるオーディションを経て、Travis Japan(弟組)の結成メンバーに抜擢。青山劇場での舞台『PLAYZONE』などで圧倒的なシンクロダンスを叩き込まれました。
転機が訪れたのは2016年。バンドとダンスを融合させた新機軸ユニットLove-tuneが結成され、阿部顕嵐は森田美勇人と共に両グループを兼任する異例の体制となります。しかし、2016年10月、舞台『ABC座2016 株式会社応援屋!!〜OH&YEAH!!〜』への出演を機に、阿部顕嵐はTravis Japanを脱退し、Love-tune専任となる道を選びました。
この脱退劇の背景には、身体的・スケジュール的な過密問題に加え、彼自身が目指すエンターテインメントの方向性がありました。シンクロダンスを極めるTravis Japanに対し、Love-tuneは生バンド演奏とアグレッシブなボーカルを武器にするセルフプロデュース集団。阿部顕嵐が抱いていた「自分たち発信のロックとエンターテインメントの融合」というヴィジョンが、Love-tuneの音楽性に強く共鳴した結果の発展的選択だったのです。