鎌倉幕府における主従関係の仕組みを理解するうえで、まず押さえるべきは御恩と奉公の違いです。両者は一方的な主従従属ではなく、明確な権利と義務の交換関係として設計されていました。
幕府の創始者である源頼朝は、地方で土地を巡る紛争に明け暮れていた武士(御家人)たちに対し、主君として2つの「御恩」を提示しました。
- 本領安堵(ほんりょうあんど):御家人が先祖代々受け継いできた私有地(本領)の支配権を、幕府の公権力によって公認・保護する保証。
- 新恩給与(しんおんきゅうよ):合戦で敵から没収した土地を新たな所領として与えたり、荘園を管理する「地頭(じとう)」のポストに任命して経済的権益を付与する報酬。
これに対し、御家人が幕府へ差し出した代償が「奉公」です。平時における鎌倉の警護(鎌倉番役)や御所の警備にあたる京都大番役、そして幕府に危急が生じた際に自費で馬や武具を揃えて駆けつける「いざ鎌倉」の軍役がこれに該当します。この主従関係は、土地の給与を媒介にして結ばれる封建制度の特徴を純粋な形で体現したものでした。
注目すべきは、この関係が「無条件の服従」ではなかった点です。主君側が土地を安堵・給与するという義務を果たさない場合、御家人側にも軍役を提供する義務は生じないという、極めてシビアな契約精神が根底に流れていました。