琴稲妻が土俵を去る決断を下したのは、1999年(平成11年)7月の名古屋場所でした。当時36歳という力士としては大ベテランの年齢に達していた琴稲妻ですが、引退の決定打となったのは「度重なる下半身の怪我」と「十両陥落の危機」でした。
長身細身の体躯から繰り出す強烈な突き押しと、素早い引き技・いなしを得意としていた琴稲妻ですが、そのスピード相撲は常に足腰への強烈な負担と隣り合わせでした。晩年は両膝の慢性的な靭帯損傷や半月板の摩耗が悪化し、本来の素早い踏み込みが影を潜めるようになっていました。
東十両10枚目で迎えた1999年7月場所、満身創痍の体で土俵に上がり続けたものの、初日から黒星が先行して3勝12敗と大きく負け越しを喫します。この成績によって翌場所の幕下陥落が確実な情勢となり、「気力と体力が限界に達した」として、長年守り続けた現役の座から退くことを表明しました。