84画の巨塔「たいと」が公の学術世界に登場した経緯には、日本の辞書編纂史上最大の金字塔が深く関わっています。東洋学者・諸橋轍次博士が心血を注ぎ、大修館書店が刊行した全13巻におよぶ漢和辞典の最高峰『大漢和辞典』です。
実は、昭和期に刊行された『大漢和辞典』の本巻にはこの文字は収録されていませんでした。本巻に収録された最大画数の漢字は、龍を4つ並べた「テツ」(64画)や、雷を4つ並べた「セイ」(64画)でした。しかし、1990年に刊行された『大漢和辞典 補巻』において、編纂室が長年収集していた稀少文字の中から、満を持して「たいと」が正式に補遺されたのです。
この「たいと」という文字は、中国から伝来したものではなく、日本国内で独自に考案された「国字(和製漢字)」に分類されます。大漢和辞典編纂室の手記や国語学者・佐野納氏の調査によると、発掘の端緒は「昭和30年代に証券会社の顧客名刺にこの文字が使われていた」という情報提供でした。
当時の名刺には、雲3つと龍3つを組み合わせた巨大な字が姓として印刷されており、読み仮名に「たいと」と振られていたと伝えられます。大空を龍が舞い昇る様を連想させるこの字は、一族の繁栄や飛翔を願って名付けられた極めて吉祥性の強い苗字であったと考えられています。