日本の伝統的な獣肉食文化を紐解く上で欠かせないのが、桜肉と並び称される「牡丹(ぼたん)」と「紅葉(もみじ)」の存在です。現代でこそジビエ料理として一括りに語られがちですが、それぞれの肉質、風味、文化的背景には明確な差異が存在します。
まず、牡丹肉 猪肉との違いに目を向けると、猪肉はその厚い脂身と野性味あふれる芳醇なコクが最大の特徴です。皿の上に赤身と白潮の脂身を交互に並べた姿が、まるで大輪の牡丹の花のように見えたことからその名が付きました。また、仏教説話にある「唐獅子牡丹」の取り合わせから、獅子に比肩する猛獣である猪に牡丹の名を当てたとも言われています。煮込めば煮込むほど肉質が柔らかくなり、旨味が味噌出汁に溶け出すため、冬の「ぼたん鍋」として重宝されてきました。
一方、紅葉肉 鹿肉との違いは、百人一首にも収められている猿丸太夫の和歌「奥山にもみぢ踏みわけ鳴く鹿の 声きく時ぞ秋はかなしき」や、花札の「鹿に紅葉」という絵柄の組み合わせに由来します。鹿肉は極めて緻密で柔らかな赤身を持ち、脂分が少なく、鉄分と清涼感のある香りが際立ちます。ローストやステーキといった直火調理でも重宝され、洗練された野趣を味わう肉といえます。
これらに対して桜肉(馬肉)が決定的に異なる点は、「生食が公に認められている唯一無二の肉」である点、そして臭みが極めて少なく、脂の融点が人間の体温よりも低い約30度〜35度前後である点です。口に入れた瞬間に上質な脂が舌の上でさらりと溶け出し、赤身のほのかな甘みとグリコーゲンの旨味が広がります。野趣を愛でる猪や鹿に対し、馬肉は極めて洗練された舌触りと澄んだ味わいを持ち合わせています。