国母和宏氏のキャリアを振り返る際、五輪の騒動だけで語ることは本質を見誤る原因となります。彼は日本が生んだスノーボード史上、最も世界に影響を与えたレジェンドの一人です。
10代前半から世界舞台で頭角を現し、2010年、2011年には『USオープン』男子ハーフパイプで大会2連覇という偉業を成し遂げました。さらにX Gamesでのメダル獲得など、コンペティションの世界で頂点を極めた後、彼はコンテストシーンから突如として身を引きます。
向かった先は、人工のパイプではなく手つかずの自然を滑る「バックカントリー」の世界でした。険しい雪山をヘリコプターで登り、命懸けの急斜面をハイスピードで滑走しながら独創的なトリックを繰り出す映像作品の制作に没頭。アメリカの著名スノーボード専門誌『Transworld Snowboarding』主催のアワードにおいて、世界最高峰の栄誉である「ライダー・オブ・ザ・イヤー」を日本人として初受賞(2016年)し、その後も主要アワードを総なめにしました。
競技の枠組みを超え、カルチャーとしてのスノーボードにおいて世界の頂点に立った彼の存在は、後の日本人ライダーにとっての指針となり、世界中に「KAZU KOKUBO」の名を刻み込みました。