お笑い芸人としてトップランナーだった次長課長河本準一氏のキャリアが暗転した最大の転機は、2012年春に発覚した生活保護問題の真相にあります。実母が生活保護を受給していた事実が一部週刊誌のスクープと国会議員による追及によって大々的に報じられ、日本中を巻き込む大バッシングへと発展しました。
当時の報道各社の記録や記者会見の資料を振り返ると、河本氏側は「母親の病気や過去の極貧生活、自身の売れない下積み時代からの経緯」を釈明し、受給自体は自治体の正規の審査を経たもので法的な不正受給(詐欺罪等)には該当しなかったことが確認されています。しかし、当時の河本氏は推定年収数千万円を稼ぎ出す人気絶頂期でした。「高所得の息子がいながら公的扶助に頼っていた」という道義的責任に対し、世論の批判は苛烈を極めました。最終的に過去の受給額を概算で全額返還する手続きを取り、深々と頭を下げたものの、スポンサー企業はコンプライアンスの観点から一斉に撤退。これが河本準一がテレビから消えた理由の最大の引き金となりました。
さらに世間があまり意識していないもうひとつの決定打が、身体を蝕んだ壮絶な病魔です。それが河本準一のすい炎闘病でした。騒動以前の2010年、そして世間からの猛烈なストレスに晒されていた2015年の2度にわたり、重症の「急性すい炎」を発症して緊急入院を余儀なくされています。
当時の特番インタビューや手記で語られた現場の証言によると、激痛により「ベッドのシーツを爪で引き裂くほどのたうち回り、医師から『あと少し処置が遅れていたら命がなかった』と宣告された」という極限状態でした。アルコールの過剰摂取と多忙による極度の疲労、精神的圧迫が重なった結果であり、長期入院によって芸能活動の現場から完全に離脱。結果として、地上波テレビ局の制作陣がキャスティングを躊躇せざるを得ないダブルパンチとなったのです。