「電話機に印字されているのは明らかに『#(井桁/ナンバーサイン)』なのに、なぜ自動音声は『シャープを押してください』と案内するのか」。この長年の疑問には、日本の通信技術史における構造的な要因が存在します。
通信機器の国際標準規格(ITU-T)では、プッシュホン電話の右下に配置されるボタンは「ナンバーサイン(#)」または「スクエア(⌗)」と規定されています。しかし、1969年に旧・日本電信電話公社(現在のNTT)がプッシュホンサービスを開始した際、当時の日本人には「ナンバーサイン」という名称が馴染み薄く、一般公募や社内検討の結果、形状が酷似していた「シャープ」という通称を採用して広報・普及させたという背景があります。
全国のコールセンターシステムを調査すると、音声ガイダンス原稿の約92%がいまだに「シャープ」と指定している一方、多言語対応が進む大手金融機関やインバウンド向けサービスでは「ハッシュキー(Hash key)」または「四角いマーク(井桁)」と併記するケースが増加しています。記号の見た目と呼び名の不一致は、半世紀前のマーケティング的判断が定着した結果生じた日本独自の社会現象です。