なぜ天武天皇は、あれほど急速に銅銭の普及を推し進めたのか。その背景には、唐を中心とする東アジア諸国との熾烈な外交関係と、国内の統治機構改革という二重のプレッシャーが存在した。中国大陸の先進的な律令国家は例外なく独自の銅銭を発行しており、自前の通貨を持つことは「独立した文明国家」としての不可欠なステータスシンボルだった。
壬申の乱を制して即位した天武天皇にとって、中央集権体制の樹立は急務であった。そしてその意志は、夫の崩御後に政権を担った持統天皇へとそのまま引き継がれる。持統天皇は藤原京への遷都を断行し、国家の土台を固めていく過程で、貨幣を用いた財政運営の定着を図った。文化庁が進める史跡整備事業によって保存されている飛鳥の遺構群は、夫婦二代にわたる為政者がいかにして貨幣という強力なツールを使いこなし、律令国家の骨格を組み上げたかを静かに物語っている。