菅田将暉「さよならエレジー」パクリ疑惑の真相!似てる曲を徹底検証

菅田将暉「さよならエレジー」パクリ疑惑の真相!似てる曲を徹底検証

話題沸騰中の 菅田将暉「さよならエレジー」パクリ疑惑の真相!似てる曲を徹底検証について、多角的な視点を分かりやすく掲載しています。

邦ロックシーンを俯瞰すると、「似てる曲」を巡る議論は『さよならエレジー』に限った話ではありません。Official髭男dism、Vaundy、King Gnu、あいみょんといったトップランナーたちも、新曲をリリースするたびにネット上で元ネタ探しやパクリ検証の標的とされてきました。

なぜ日本人はこれほどまでに「似てる曲」に過剰反応し、時にパクリと断定してしまうのでしょうか。そこには、日本の商業音楽シーンにおける特有の構造とリスナーの受容心理が存在します。

第一に、日本のヒットチャートでは「聴き心地の良い既視感(親しみやすさ)」が強く求められます。完全に前衛的で聴いたこともないコード進行や展開は、大衆受けしにくくタイアップに選ばれにくい現実があります。ドラマやCMのタイアップとして採用されるためには、わずか数秒でリスナーの耳を掴む普遍的なメロディラインが必須条件となるのです。

第二に、SNS社会特有の「粗探し消費」が挙げられます。ゼロ年代以降、動画共有サイトで比較動画をアップロードし、再生数やコメントを集めるインフルエンサーが増加しました。「似ている」という主観的な直感を「パクリというスキャンダル」に仕立て上げることで、コンテンツとしての拡散力を高めようとするデジタルエコノミーの歪みが、疑惑を過熱させる燃料となっています。

【プロの結論】オマージュ・コード共有と悪質な盗作を切り分ける境界線

音楽ジャーナリズムの観点から、本作における「パクリ疑惑」に明確な結論を下します。『さよならエレジー』は100%オリジナルの傑作であり、悪質な盗作には一切該当しません。

著作権法および音楽の学術的基準において、盗作(著作権侵害)と判断される要件は「依拠性(原曲を聴いて意図的に流用したか)」と「実質的同一性(連続した同一のメロディ、独特の譜割り、固有のコード進行が不可分に一致しているか)」の2点です。コード進行それ自体には著作権は認められておらず、コード進行が同じであることだけでパクリと認定されることは法的にあり得ません。

もし『さよならエレジー』をパクリと呼ぶならば、小室進行を用いた90年代のミリオンヒット曲や、カノン進行を用いた名曲の半数以上が「パクリ」になってしまいます。優れたクリエイターは先人たちが磨き上げた「伝統的な型(フォーマット)」を敬意を持って継承し、そこに独自の歌詞、メロディの抑揚、歌い手の感情を注入することで新しい芸術を生み出します。石崎ひゅーいさんと菅田将暉さんが成し遂げたのは、まさにこの「伝統の正統進化」だったと言えます。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。