大ヒット作家として多額の収入を得ながらも、長谷川町子は一度も結婚することなく生涯独身を通しました。その理由については様々な憶測が飛び交いましたが、最大の背景は長谷川家の特異な家族構成と鉄の結束にありました。
父亡き後、長谷川家は母・貞子、長女・毬子、次女・町子、三女・洋子の「女ばかり4人」で支え合って暮らしていました。なかでも母・貞子は非常に強い信念と行動力を持つ女性で、娘たちに自立した生き方を説き続けました。長女の毬子もまた生涯独身で町子の創作活動とマネジメントを全面的に支え、三女の洋子のみが結婚して家庭を持ちました。
町子自身、日々の締め切りに追われる激務の中で「家事や育児に縛られず、描くことに全霊を注ぎたい」という純粋な作家魂を抱いていました。男性に経済的に依存する必要が一切なかった時代において、自らの才能で生計を立て、気の置けない家族と快適な暮らしを営む選択は、当時としては極めて先進的なライフスタイルだったと言えます。